佐藤二朗の若い頃からの経歴を時系列で紹介!20代の暗黒史がやばい!?

佐藤二朗さんは名脇役として存在感を発揮している俳優さんです。

今では知名度も実力も確かですが、若い頃はどうだったのでしょうか?

佐藤二朗さんの若い頃からの経歴を調べました。

目次

佐藤二朗の若い頃からの経歴を時系列で紹介

佐藤二朗さんの若い頃の経歴を調べたところ、波瀾万丈なことがわかりました!

若い頃からの佐藤二朗さんの経歴を時系列で紹介します。

大学時代

佐藤二朗さんの出身大学は、信州大学経済学部

信州大学を選んだのは、大学に思い入れがあったからではなく、ただ合格したから入学したとのこと。

役者で生きていきたいが自信もなかったのでとりあえず、大学に進んだそうです。

在学中の佐藤二朗さんは、一度劇団のガイダンスに行きましたが入団はせず、温泉旅館のフロントやテレアポの営業のアルバイトに力を入れていました

大学卒業後も役者一本で食べていく自身はなかったので就職活動し、テレビ局の営業職で希望していましたが、25件連続で面接に失敗。

失敗し続けた原因は、働きながら土日の余暇に芝居をしようと考えていたことを正直に話したからだとか。

1992年(23歳)新入社員時代

佐藤二朗さんは最終的に、大学卒業後「リクルート」に入社。

しかし、入社式の時点で違和感を感じ、入社1日目で退職したそうです。

退社の理由は、「熱意のある他の新入社員を前に中途半端な気持ちの自分がやっていけるのか」、「働きながら役者をやろうという考えは甘いのでは」と感じたからでした。

「入社式当日に辞めた人は初めて」と言われ、佐藤二朗さんの父親は半泣きの状態だったとか。

安定した仕事についた息子の退職にショックを受けたことでしょう。

1992年(23歳)俳優養成所時代

新入社員とした入社した会社を退職に後、佐藤二朗さんは俳優養成所へ通っています。

劇団『文学座』付属演劇研究所に入団 。

しかし、1年後の入団試験に落ちたため、別の劇団に入団するも1年で退団したとか。

1995年(26歳)広告代理店に再就職

佐藤二朗さんは「俳優への適性がない」と感じ、1995年(26歳)の時小さな広告代理店に再就職

営業として働き、部署トップの成績を残すほどの実績を上げたそうです。

1日14時間も勤務することもあったとか。


それでも佐藤二朗さんは役者の道がどうしても諦め切れず、自ら劇団を立ち上げました。

1996年(27歳)ちからわざを立ち上げ

1996年(27歳)のとき佐藤二朗さんは、文学座時代の仲間5人と演劇ユニット「ちからわざ」を立ち上げ

会社員と両立をしながら、役者としての活動をスタート!


このころから今の奥さんとの同棲生活をスタートしていたようですよ。

1997年(28歳)自転車キンクリート時代

1997年(28歳)佐藤二朗さんは、演出家の鈴木裕美さん率いる劇団「自転車キンクリート」に入団。

同時に努めていた広告代理店も退社し、アルバイトで生計を立て始めました。

2000年(31歳)「ブラック・ジャックII」に出演

2000年(31歳)佐藤二朗さんは、出演舞台を観た堤幸彦監督の目に留まり無名の俳優として「ブラック・ジャックII」に出演

ワンシーンのみの出演でした。

「ブラック・ジャックII」に出演をきっかけに、主演・本木雅弘の事務所社長に声を掛けられ、フロム・ファーストプロダクションの所属が決定!

2000年(31歳)フロム・ファーストプロダクションに所属

佐藤二朗さんは、フロム・ファーストプロダクションに所属後もすぐには役者としては食べては行けず、アルバイトをしていました。

出演する役は、“課長A”とか“社員B”のような脇役。

下積みが長かった佐藤二朗さんは、ほかの俳優さんに比べてもかなり多くの脇役を演じたとか。


それでも地道に役者としての活動を続けた結果、佐藤二朗さんは2003年(34歳)のときにアルバイトなしでも生活できる程の実力を身につけることができたそうです。

アルバイトをしながらの役者生活が長かった佐藤二朗さんは、「バイトせずに演技のことだけを考えて生活できるのが、うれしい」と好きなことでご飯を食べられる幸せと語っています。


当時を振り返って佐藤二朗さんは、「20代は心がボロボロで辛かった。二度と戻りたくない暗黒の時代です(笑)」と表現。


辛い暗黒時代をともに乗り越えた今の奥さんと2003年に結婚しています。

佐藤二朗さんの奥さんとの馴れ初めはこちら↓

佐藤二郎の年齢が4つ下の嫁との馴れ初めは?画像が可愛いくツンデレが魅力的!

佐藤二朗さんの今の活躍までの経歴は一筋縄では行かない苦労の連続だったようですね。

下積み時代に築いたものがやっと目が出て、花が咲いたのでしょう。

佐藤二朗が役者を目指したきっかけは?

佐藤二朗さんがそもそも役者を目指したきっかけはどのようなものだったのでしょう?

調べたところ、小学校4年生の時の学芸会がきっかけのようです。

セリフの度に客席にいる保護者が笑ってくれたのが嬉しかったのだとか。


学芸会の劇は、「お芋がこうして生まれました」というもので、主役はお芋。
佐藤二朗さんは脇役のお芋を引率する猫の先生役でした。

脇役の佐藤二朗さんのセリフはなぜか台本の7割もあったそうですよ。

佐藤二朗さんの役者としての才能を先生はわかっていたのかもしれませんね。

「子供のころから役者になる運命だと信じていた」と佐藤二朗さんは語り、この頃から役者を目指しはじめました。


中学生になった佐藤二朗さんは、NHK児童劇団に入団。

1983年には、映画「アイコ十六歳」に出演したこともあるそうです。

幼い頃から役者を目指し、夢が叶った佐藤二朗さんは凄いですね。

佐藤二朗の若い頃からの経歴まとめ

佐藤二朗さんの若い頃からの経歴を調べました。

  • 1992年:役者一本で食べていく自信がなく入社するも1日で退社
  • 1995年:俳優養成所に通うが、適正がないと感じ再就職
  • 1996年:再就職後も役者の道が諦めきれず、役者との両立を決意
  • 1997年:会社を退職し、アルバイトで生計を立てていた
  • 2000年:「ブラック・ジャックII」の出演が転機になり、事務所に所属
  • 2003年:アルバイトなしでも生活できる程の実力を身につけていた

今の役者としての佐藤二朗さんの実力があるのは長い下積み時代と苦労をした経験があるからなのでしょうね。

これからも佐藤二朗さんが活躍していくことを応援しています。


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